日本の社会を観る その2  人の名前をどのように言いますか

日本の社会を観る その2  人の名前をどのように言いますか

たとえば「菊池 某」という人がいたとします。この場合、その人を指すのに「菊池君」と君づけする場合、「菊池」と呼び捨てにする場合、「菊池さん」とさんづけにする場合などがあります。どの表現をするかによって二人の関係をある程度推測できます。

1. 私の場合

やや長くなりますが私の場合はどうだったかを述べます。

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A. 大学生時代

大学に入学した最初の2年間は主に一般教育科目を学びます。自然科学系、語学系、政治経済系、人文科学系、体育系など、専門分野の違う多数の先生の講義を受けます。受講生も多いので先生との会話の機会は極めて稀です。受講生同士の会話の中では何々先生か何々さんといいます。専門は違っても自分が今いる学問の世界の専門家の方々だからです。
一般教育が終わると専門教育科目の受講が主な生活になります。専攻分野の先生は10数名と少ないため接触する機会は多くなります。先生との会話での呼びかけは当然「何々先生」ですが、仲間との会話では親しみを込めて、酒井さん、奥野さん、奥村さんのように「さん」をつけます。自分が目指す学問分野での大先輩であり、祖父や父や兄に相当する先生たちです。先生によって講義の仕方は違いますし、講義で見せる人柄も様々ですが、専門学科の大先達として尊敬していました。

B. 企業勤務時代

卒業して30才台後半まで企業で大型電子計算機の開発に従事しました。何も知らず、何もできない新人からの出発です。ほとんどが目上の人や先輩です。東京オリンピックの頃、高卒で大企業に入社した方々は極めて有能です。年が同じかそれ以下の方なら君づけですが、それ以外の方々は実力の点でも何々さんと呼ばざるを得ない力をもった方々でした。大卒の方々は、同期かそれ以下なら君づけですが、他の方々はさんづけが当然です。なお、私は人を呼び捨てにはできませんでした。生まれや育ちにも関係すると思いますが、人を呼び捨てにできる者とは思えなかったのです。

C. 大学勤務時代

30才台後半から私大の工学部に移りました。全学科の教員と職員を合わせて300名ほどの組織です。職員の方には何々さん、教員の方々には何々先生と呼びました。研究室に所属する学生はすべて君づけをしました。

大学に移って驚いたことがありました。学生が仲間同士の会話の中である先生を呼び捨てにしていたからです。私という教員が傍にいるにもかかわらずです。呼び捨てにされる理由がその先生にあったとは思われません。その学生は普段、他の先生も呼び捨てにしていたのでしょう。私はその時、この学生は学問の世界を共有していないと感じました。

2. 石平氏の嘆き

生まれ育った中国を捨てて日本に帰化した評論家の石平(せきへい)氏が、8月30日に国会議事堂前で行われた安保関連法案の抗議集会で、著名な政治学者の某教授が「・・・安倍に言いたい。お前は人間じゃない!・・・」と叫んだことなどを「日本の「リベラル」はすでに死んだ」という題で産経新聞に寄稿しました。集会で同教授は先導的立場にあったとはいえ、理性を失ったかのように叫んだこの言葉は、著名な学者が口にすべき言葉でないばかりか、言葉を使った個人への暴力だったからです。このような平和運動はもはやその名に値しないと氏は言います。それだけではありません。安保法制に反対する陣営もリベラル派を自認する新聞諸紙もこの行き過ぎを指摘しないし、反省する姿勢もないと指摘しています。まさにリベラルの死です。

3. まとめ

本稿では、学問の世界、政治の世界、企業の世界などにおける人の呼びかけについて、主として私の経験をお話ししました。ある世界にいる人々は価値観などを共有します。共有しないとその世界の秩序を維持できない異分子になります。学問の世界とは、知を尊び、知を得るために人生をささげる人々の世界です。学生はその世界への一時的な訪問者です。書物や資料を大切にするのは当然です。
知を尊ばず、求めもしない者は大学に入るべきではないのです。同様にして、日本の国を愛しない者、日本のあれこれを他国に悪い意味で吹聴する者は日本に住むべきではないのです。
政治の世界での問題は政治の世界のルールに則って解決すべきです。デモはよいのですが、度を過ぎた罵倒などによる個人攻撃はルールを逸脱しています。

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