違和感 憲法に関するあれこれ

違和感 憲法に関するあれこれ

日本をよい国にするには政治家や官僚の力ではなく、国民ひとりひとりの力が最も必要です。そのためには先ず国民が目覚めねばなりません。

1. 憲法

憲法への違和感を誰もが抱いているでしょうが、本稿では前文への違和感について述べます。

A. 前文への違和感

憲法は他の全ての法律の根源となる法です。普段よく耳にする「憲法違反だ」とか「憲法の規定に抵触する」という文言からわかるように、国家や国民の現実の行動を律しています。

前文中で国家の理想を高く掲げることは必要でしょう。世界の多くの地域を戦場にした第二次世界大戦が日本の無条件降伏で終わった1945年当時の気分の高揚も理解できます。しかし、その後の世界情勢を考慮するなら、前提にしている世界情勢の認識が現実的ではありません。憲法の各条の規定の前提となる前文は、世界情勢に対する厳しい認識を前提に書かれるべきだからです。現実を直視するのは何の場合でも不可欠であり、憲法とて例外ではないはずです。

現憲法の前文では達成不能な国際的調和を前提にしています。前文の一部にはこのように書かれています。すなわち、 「・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてい(ゐ)る国際社会において・・・以下略・・・」。

現実の国際社会はどうでしょうか。大国の横暴は続き、国益偏重の外交が展開され、人種差別はなくならず、国際機関は蒙昧で独断的な判断を押しつけ、無理な要求や脅迫まがいの行為がなされ、陰謀や謀略がひそかに実行され、宗教間・宗派間の対立抗争は続き、国際化の美名の下に国家や民族の伝統や慣習は破壊され、麻薬がひそかに取引されて資金源となり、ハゲタカのような投資ファンドの活動を許し、武器の売買が少なくない規模で行われ、真の歴史を隠蔽するだけでなく、ねつ造した事件を史実と主張して他国を買収しています。現憲法の前文にあるような理想に加え、上記したような理想に程遠い現実を前提にした前文に書き改めるべきだと考えます。

B. 記述を自然な日本文に

現行憲法はGHQが作成した草案の翻訳がもとになっています。翻訳の不適切なところを洗い出し、最初から日本語で書いた場合と同じ記述に近づけるべきです。さらに言えば、GHQの草稿執筆者たちの思想や文化的背景を含めた英語表現の本来の意味と、翻訳されて日本語で表された意味との差についても検討すべきでしょう。ユダヤ系マルキストが作ったとされるワイマール憲法の思想も入っているともいわれています。さらに、現憲法の下では日本人はどのように変質していくかについても考えねばなりません。

スポンサーリンク
広告代

2. 最高裁

A. 三権分立

立法・司法・行政は互いに独立に行動し他の干渉を受けないことが主旨です。最高裁判所長官は内閣に指名され、他の判事も内閣に任命されるという点では行政の支配が及んでいますが、司法活動では行政からも立法からも干渉を受けないという趣旨です。

巷間に流布されている話では、当局にとって好ましからざる人物を痴漢などの恥辱的な罪に陥れて有罪にする例もあるようです。そのような例では、三権分立の枠組みを越えて政権を守る必要があるのでしょう。国家対個人の裁判では個人に勝ち目はありません。噂ではなく本当にこのようなことがあったとしたら許せない背信行為です。

B. 憲法の番人とは

狭義の憲法の番人は何が何でも憲法を死守する人でしょう。GHQに優遇された政党はともかく、最高裁の判事が単なる憲法の死守屋であってよいものでしょうか。何が何でも守るという役目であれば、天皇の任命(最高裁長官)や認証(最高裁判事)に値する人物でなくてもよいではありませんか。

例えば憲法9条の解釈などで時の政府が苦し紛れのウルトラC的解釈をしてきたことは、最高裁の判事ほどの人物なら知っているはずです。より上の立場の視点から世界情勢を分析し、現行憲法の守備範囲か否かを判断し、とるべき途を司法の立場からさし示すぐらいのことはしてほしいものです。憲法の番人で擁護者であることを狭義に解釈しています。これでは社会は進歩しないのです。

C. 最高裁判事に対する国民審査

三権のうち、立法府を構成する議員だけは選挙により選ばれますが、行政府の官僚と、司法に属する裁判官の任命には国民の意思が届きません。例外的に、最高裁の判事だけは任命後の最初の衆議院選挙の際に国民の審査を受けることになっています。しかし、判事の信条や思想、国民が判断するに足る経歴や業績の詳細は公開されないため、国民は適否を判断できるはずがなく、審査は形骸化しています。美しく飾られるであろうが故に多くは期待できませんが、内閣が任命した根拠についても合わせて示してほしいものです。

3. まとめ

本稿では、現実離れの憲法前文に対する違和感について述べ、英文の草稿を翻訳した条文の表現を見直すことと、草案執筆者の思想的背景を考慮した条文の見直しが必要なことを述べました。また、この憲法下では国民はどのように人間に変質していく可能性があるかについても検討すべきです。男女や親子の関係がどうなっていくか、日本人の長所が更に高まるのか、それとも自分勝手で短絡的な人間が増えるかなどについても検討すべきです。

司法については、憲法の番人のあるべき姿について述べ、形骸化した最高裁判事の国民審査について感じる違和感についても述べました。

スポンサーリンク
広告代
広告代

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする