違和感 3 保育所に入れないのはなぜでしょう

違和感 3 保育所に入れないのはなぜでしょう

わが国の子供の数が増えません。将来の納税者であり社会保障制度を支える人の減少は国の存続を危うくします。しかし政治家も行政府も有効な手を打とうとしません。問題の本質がわかってないのか、やる気がないのか、このまま有効な手を打たないでいると、日本国はゆでガエル状態に推移して衰退してしまいます。

子育て適齢期の人たちが結婚しないことや、結婚しても子供を産まないためです。女性が結婚しないのは、一生を託したくなるような男性がみつからないか、結婚以外のことに価値を見出したのかもしれません。ですが、子供を産んで育てる環境が整ってないことが最大の原因とは思いませんか。政治家や政府は、子供手当程度で何とかなるとは思ってないでしょうが、国の存続のためには抜本的な改革が必要なことを理解しておらず、したがって不退転の覚悟もできてないようです。

1. 夫婦共働き社会への変質

夫婦共働きが必要な社会は進歩した社会でしょうか。

A. バブル崩壊の影響

不動産バブルがはじけた頃から社会は大きく変質し始めました。親会社を中心に、メインバンク、子会社、協力会社、顧客企業を結んでいた強い絆が細くなり、それぞれが自分を守るのに精いっぱいの状況に陥りました。バブルをあおり、多額の不良債権を抱えた銀行は貸し渋りと貸しはがしをした挙句、国費の注入や合併による存続の途をとりました。親会社は内部留保の蓄積に努める一方、リストラを徹底し、人員削減のほか不採算部門の売却や縮小をすすめます。協力会社に対しては発注量を減らすだけでなく、納入単価の引き下げを要求します。協力会社や子会社は親会社を頼らずに生き抜くことが求められました。安い労働力に惹かれて製造拠点が中国などの海外へ移ったことも影響しました。

B. 終身雇用制の衰退と共働き社会への移行

日本社会の特色であった終身雇用制も劣化がすすみます。給与や賞与が減るだけでなく福利厚生の手当ても薄くなります。正社員が減り、パートを含む臨時社員や派遣社員が増えて社内の心のつながりは希薄になっていきます。

このようにして、妻は子育てと家事に専念する生活が成り立たなくなりました。端的に言えば夫の収入が少ないためです。しかし共働きをするには幼児を託せる施設が不可欠です。夫婦どちらかの両親が近くに住んでいれば救いがあるのですが、いない場合は自力で子育てと生活とを両立させねばなりません。

第一子が生まれるまでの共働き生活では余裕があったのですが、子供が生まれたとたんに生活が苦しくなります。だから産みたくても産めないのです。

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2. 夫婦共働き社会の問題

お母さんが働くには幼児を保育所に預けねばなりません。しかし、保育所が少なくて受け入れてもらえません。運よく保育所に預けられても、保育料は若い夫婦にとっては高額です。首都圏以外は交通網が脆弱なため、お母さんが働くには車が不可欠です。しかし車を所有すると、車のローンと燃料費のほか、任意保険料と車検の費用が必要です。お母さんの収入は、働くための衣服費や化粧品代などの必要経費、保育料、生活費(子供の医療費を含む)などを合算した金額以上の収入が得られなければなりません。

保育園の入園問題だけではありません。幼児は発育途上で弱いため、風邪やその他の疾患で病院に行く機会が多いうえ、他の幼児への感染の心配がなくなるまで保育園では受け入れません。その間、お母さんは欠勤せざるを得ないのです。欠勤により少ない給与がさらに少なくなります。

3. 政府・自治体の子育て問題の認識を問う

このような社会の変質を政治家、行政府、自治体などは理解してないようです。保育を担う自治体もできることは限られます。国の問題なのです。

夫が外で働き、妻が子育てと家庭経営を担う社会において必要な保育所の数と質、夫婦共働き社会において必要となる保育所の数と質とは全く違うことを認識しているでしょうか。従来のやり方の延長線上の対策では解決しないと思います。

小泉元首相と竹中大臣が推進した郵政民営化は米国のためだったともいわれます。日本のためだったとしても、託児所や保育所を主体とする子育て支援の抜本的な対策の方が日本にとって緊急の課題だったと思います。

A. 抜本的な保育体制

次世代の国を担う子供たちを育てるには、小学校と同程度の数の保育所が必要だと思います。保育を担う要員も既存の制度による人材だけでは不可能でしょう。保育専門家や保育士のほか、子育てを実際に経験した主婦や老人の方々、ボランティア、アルバイトなどを含む総がかりの体制で託児事業を担うべきです。また、事故を防ぐため、経営を維持するため、人事と労務の管理のため、企業と同様な管理組織も不可欠です。

B. 保育園が作れない、運営できない

付近の住民の反対で保育所を開所できない例があるほか、既設の保育所へ寄せられる苦情が少なくないようです。騒音の差し止めと慰謝料を求めた提訴もあるそうです。

子供たちの声を騒音と感じる人がいることは極めて情けないことです。しかし、完成した保育園を開設させないとか、保育所の閉鎖を求めるのはあまりにも自分勝手です。自治体職員には、そのような住民を説得するだけの使命感と信念をもってもらいたいと思います。

政治家、政府、自治体ニは、「国家の存続に向け、万難を排して子育てを支援する」という覚悟ができてないようです。

C. 児童虐待

こどもへの虐待は両親に経済的なゆとりがないことや、人間的に幼いことなどが原因していると思われます。せっかく生まれきたのに、保護すべき親からの虐待で命を失うという救いがたい事件です。たとえ件数は少なくても、虐待死という痛ましい事件を知って人々の胸は締めつけられます。事件を起こした両親を人間として許せないと思う反面、自分たちも当事者になるかもしれないと思うのです。

4. まとめ

不動産バブルが崩壊した後、わが国では多くの夫婦が共働きをしないと生活できない国になりました。このような社会に陥ったこと直視しないため、子育て支援の抜本的な改革がなされぬまま今日に至っています。政治家は従来の子育て支援を強化すれば何とかなると思っているようですが、そのような小手先の対応で解決できる問題ではないことがわかっていないようです。

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