日本の社会 6 結婚と責任

日本の社会 6 結婚と責任

大きなお腹を突き出して歩く妊婦の方、赤ちゃんを入れた袋を前にかけて歩くお母さん、幼児が乗る乳母車を押すお母さん、子供の手を引くお母さんなどを見ると、男の私でも自然に頬が緩んできます。気のせいでしょうか、彼女たちは自信に満ちているように感じられます。

1. 自由・平等には責任が付随します

日本国憲法では国民が責任を果たさねばならないことを強調しないまま、自由と平等とが主張されます。憲法草案を作ったGHQの人たちは、戦前の日本を支配していた人たちが国民を徹底的に搾取し、自分たちの企みに従わせていたものと誤解したのでしょう。そこで、このような勢力を徹底的に抑え込まないといけないと思って草案を書いたのだと思います。日本人をダメにしてやろうと思ってしたのではないでしょうが、責任の条項が希薄なため結果的に日本人の劣化を進行させることになっています。

責任を伴わない自由や平等などあり得ないことです。私事ですが、私はおよそ35年の間、自分の好きな課題について好きなだけ自由に研究する生活をしてきました。そのような自由を享受する代わりとして、他の人の倍以上の努力をするほか、属する組織に損得抜きでの貢献をするよう努めました。得たもの以上のお返しが必要なのです。得た特権をただただ享受することは倫理上許されないことなのです。

自由を主張するならそれ相応の責任を果たさねばなりませんし、平等を主張するならそれ相当の責任を果たさねばなりません。これは絶対に譲れないことです。責任を果たさないで権利だけを主張する人間は本来あってはならない人であり、わがままで自己本位の人です。そのような人がいたら周囲は必ず迷惑を蒙ります。

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2. 結婚すること

結婚の合意に至るまでの過程は様々です。人には言えないような裏話があるかもしれませんし、全くの見合いで決める場合もあるでしょう。人により様々でよいのです。しかし、結婚することは相手の人生を預かることです。この点は譲歩できません。相手の人生を目茶目茶にするような生き方は許されません。その覚悟ができないのなら結婚すべきではありません。例えば相手の実家がどのようになろうと、伴侶として相手の人生を全面的に引き受ける覚悟が必要です。これは結婚式での形式的な意思表明なんかではなく、命を懸けた誓約なのです。

人は木の股から生まれたのではありません。必ず両親がいます。そして様々な特性を先祖から受け継いでいます。これを無視するように仕向ける憲法は社会を混乱させる意図を含んでいると思わねばなりません。新婦は新郎の両親に、新郎は新婦の両親に、伴侶の人生を引き受けたことを表明すると共に、その後の生活の中でも証明し続けなければなりません。

結婚生活で気をつけねばならないことは沢山あります。華やかさに憧れる傾向にある女性はお金の使い方が度を越さないよう気をつけるべきです。夫は妻を無視して自分勝手な行動をしてはなりません。夫婦とも浮気などとんでもないことです。相手を自分の思うように操縦しようとすることもとんでもない思いあがった行為であり、傲慢な態度です。

男女とも、人間らしい生き方を教えてくれる教養を求めて勉強を続けるべきです。すべきでないことをしようとする自分、すべきことをせずに逃げようとする自分を知性は気づかせてくれます。

3. 妊娠・出産・育児

共働きをしているうちは独身時代の自由をそれほど失ったとは感じないでしょう。しかし妊娠がわかったとたんに自由が制約されるようになります。食べ物にも、飲み物にも気をつけねばなりません。激しい運動も控えることになります。

子供が生まれると女性の境遇は一変します。赤ん坊は泣くこと以外は何もできません。これまでの自分本位の生活から赤ん坊に合わせた生活をせざるを得なくなります。極端な言い方をすれば、なりふりに構っていられなくなります。

排泄物の始末、入浴、昼夜の別のない授乳、自分を捨てて育児に次ぐ育児の毎日です。会社勤務とは異なり、昼休みも、休日も、夜も昼もないのです。近ければ実家の支援で暫時ではあっても息抜きができます。実家が遠ければ自分で対処しなければなりません。

夫は子育てを妻に任せっきりにしてはなりません。仕事も大切ですが、妻の子育ての大変さをいたわり、自分にできることはしなければなりません。怠れば妻のストレスは蓄積されていきます。

4. まとめ

学生時代に家庭教師をした家で何度となく言われた文言があります。自動車の前照灯周りの部品の絞り加工をする経営者の方でした。「男は子供を育てないと一人前といえない」といつも言われていました。思うようにならない代表が子どもです。その家の3人の子どもは皆できのよい子でしたが。

結婚は相手の人生を正面で受け止めることで、責任を伴います。結婚したら自分勝手な行動は許されません。また、相手を自分の思うように動かそうとしてはなりません。相手の人生を引き受ける覚悟がない限り結婚すべきではありません。

現憲法では「責任の存在」が陰に隠れているため、無責任な人がいっぱいできます。覚悟を自覚しないまま、成り行きまかせで一緒の生活を始めてはなりません。愛があれば何とかなる・・・とはいかないのです。必要なのは自覚であり覚悟です。

自由な社会、平等な社会では、個人が責任を果たさねばなりません。「知」と「情」と「意」の能力に乏しい人には、とてもつらい社会なのです。

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