終戦祈念日に思う 軍部の独走は本当か

終戦祈念日に思う 軍部の独走は本当か

終戦の詔勅が発せられた1945年8月15日から今年で72年の歳月が過ぎました。

当時私は就学前の6才でしたが子供なりに戦争の終わりを知ると、ホッとすると当時に、からだから力が抜けていくような感じがしました。

本稿では、西欧の影響が及びはじめた大航海時代から大東亜戦争までの期間について、西欧からの目に見えにくい影響の一端をまとめてみました。

生き方の知恵 6歳児の「終戦の日」の記憶

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1.  大東亜戦争が起きた理由は

それなりに注意していましたが、終戦と敗戦についての目立った報道には気づきませんでした。中国や韓国の国民感情を逆なでしないための配慮とか、戦勝国、特に米国の機嫌を損ねてはまずいという配慮があるのでしょうか。テレビも新聞も大東亜戦争の真の原因を世界史的視点から分析することを放棄したまま今に至っているように思えます。「戦争は悲惨だ」とか、「軍部の暴走を許してはならない」などという皮相的な言辞は本質的な解決にはなりません。大切なのは根源的な理由の解明です。

例えば、ロシア革命後のコミンテルン、共産主義者と一部のユダヤ系の人々、ソ連・米国・日本・中国などの共産主義者、キリスト教などは、大東亜戦争とどんな関わりがあったのでしょう。

領土や植民地などで積極的に戦争を起こしたい勢力がある場合か、戦争を起こさざるを得ない状況に相手国を仕向ける勢力がある場合に戦争が勃発します。後者の場合は極めて狡猾で資金力も豊富な勢力が背後にいます。仕向けるためのネットワークも多重に張り巡らされています。例えば、宗教のネットワーク、ビジネスのネットワーク、大学のネットワーク、資金のネットワークのほか、様々なネットワークが考えられます。麻薬取引をはじめ非合法組織のネットワークも動員されるかもしれません。

2.  宣教師の役割を歴史資料から学ぶ

吉川弘文館が昭和35年に発行した「資料による日本の歩み 近世編」という歴史学の参考書があります。このシリーズでは、他に「古代編」、「中世編」、「近代篇」があります。以下の説明ではこの「近世編」を参考にしています。

2.1  新大陸でのスペイン人の侵略

  • 大航海時代にスペインが南米や北米を征服し、金(きん)の強奪、原住民の殺害、過酷な労働を強制しました。侵略の先鋒隊としてカトリックの宣教師がいたことはご存じでしょう。異教徒はキリスト教の神のためにはならないとし、改宗を強い、改宗しない者は処刑もしました。キリスト教にはそれをする資格があるという一方的な思い込みがあったのでしょう。
  • 宗教は人を支配する有力な武器なので、宣教師の行動を宗教に限られる問題と思ってはならないのです。諸国の民をキリスト教の信者にし、国も人民も支配する意図が透けて見えるような気がします。

2.2  宣教師ザビエルの来日

1543年にはポルトガル人が種子島に漂着し鉄砲が種子島氏に献上します。引き続いて1549年には、フランシスコ・ザビエルが鹿児島にきます。彼はスペインのバスク地方の出身で同郷のロヨラが創設しローマ法王パウロ三世に認可されたイエスズ会(ヤソ会)の会士です。1541年には布教のためインドに派遣されて布教を進めていました。法王から相当の権力を与えられていたことを見逃してはなりません。日本には相応の準備をして下僕(やじろう)の故郷鹿児島へ渡来しました。天皇や将軍から布教許可を得るつもりだったようですが、権力が衰えていて無駄だと知り、大内氏や大友氏などの大名に期待します。堺の町の賑わいなどから貿易の利が望めることを述べ、貿易に適した物品リストなども報告しています。

2.3  秀吉の詰問

秀吉が伴天連の1人(クエリョ)に以下の詰問をします。

  • 諸人に熱心に耶蘇教を勧め、強制してキリシタンにしていること。
  • わが国で伝統のある神社仏閣を破壊し、礼拝堂を建てていること。
  • 日本人の娘を奴隷として買って他国に売っていること。
  • 農業に役立っている牛馬の肉を食べていること。

これに対するクエリョの答えは以下のようでした。

  • 遠くの地から危険を冒して日本に来たのは、耶蘇会の教えによってのみ得られる救いについて告げるためであり、力の限り帰依することに努めるが、キリシタンになることを強制することありません。
  • 神社仏閣の破壊と礼拝所の建設は私たちがやらせているのではありません。私たちにはそのような権利はないからです。神仏では救いにならないことが分かったため信者が自発的にやっていることです。
  • 若い娘を買ってはいるのは本意ではなく、日本人に乞われてやむなくやっていることです。
  • ポルトガル人もパードレも馬肉は食しません。ポルトガル人は祖国の習慣で牛肉を食します。パードレもポルトガル人の来る港では牛肉を食しました。殿下が食することを望まないのであれば禁止することは容易です。

2.4  秀吉は長崎を直轄地にする

九州征伐の折、長崎の地が伴天連の所有になっていることを知ります。藩主の大村純忠が内乱収拾のため伴天連から銀貨を借りたことが発端となったとも言われ、当初はその地からの年貢が借財の返還分とされたようです。その後、茂木・浦上の地とともに耶蘇会の領地となり布教の根拠地となりました。途中経過はありますが、最終的には秀吉の直轄地にしています。大名の土地はその人に固有のものではないからです。

2.5  徳川幕府の鎖国

鎖国はある日突然になされたことではなく、様々な経緯を経て段階的になされたことです。新教徒のイギリス人やオランダ人から、「スペインがポルトガルを侵略したこと、ある国の人々を耶蘇教の信者にし、信者の数が増えると反乱を起こさせ、信者保護のためにスペイン軍が介入して征服する手法など」を教えられたことも原因の1つでしょう。スペイン船が港の測量をしたことなどがありました。更には1637年に発生し鎮圧に苦労した島原の乱も原因の1つでしょう。スペイン船は1624年に、ポルトガル船は1639年に来航が禁止されます。耶蘇教は禁止され、邦人の海外渡航は禁止され、海外に住む邦人は帰国できなくなりました。オランダ商館は出島に移され、貿易は幕府が一元的に管理することになります。

3.  日本征服を企む者

3.1  戦争で征服する

戦争は古代から行われてきた基本的な征服手段です。今日では戦争を起こすのは政府だと思われていますが、本当にそうかでしょうか。政府の代表は米国なら大統領、日本なら首相です。しかし彼らには任期という時間の制約があります。限られた時間では、「小波」は起こせても「大波」は起こせません。「大波」を起こすにはその事業(企み)に協力する集団のネットワークが必要ですが、その整備には長い準備期間が必要です。もし大統領や首相が「大波」を起こすとすれば、以前に構想が企画され、そのために準備されたネットワークを使って起こす場合に限られます。ただしこの場合の大統領や首相は、オーケストラの指揮者にすぎないとも言えるのです。

3.2  征服の対象

  • 国土は古くから征服の対象でした。住民が邪魔なら奴隷として売るか、その地から放逐します。日本の場合は周囲が海なので国外追放は不可能なので、奴隷的な扱いを受けるでしょう。国土の軍事的占領が大前提になります。
  • 文化や伝統を征服(消滅)する場合は、国土を占領して征服者の文化以外は使用させないようにします。日本語を使わせない、日本語の書籍類を焼却する、寺院を破壊する、神社を破壊するなどに類することを行います。
  • 日本の場合は皇室制度も征服の対象になります。外国に天皇制をなくしたい勢力がいる場合です。共産主義では君主や領主は農民や手工業者を搾取し、資本家は労働者を搾取するとします。君主国のうち、フランスはフランス革命でブルボン王朝が、ロシアではロシア革命でロマノフ王朝が、第一次大戦中にドイツの皇帝とオーストリア・ハンガリー帝国も皇帝も退位し廃絶しています。立憲君主国とはいえ日本では天皇制が存続し、日本が建てた満州国にも皇帝がいます。潰したいと思うでしょう。

4. 日本を征服する手段

以下では大航海時代以後の代表的な征服手段を挙げます。

4.1  キリスト教を手段にする

大航海時代にスペインやポルトガルが中南米や東南アジアでしたように、住民をキリスト教へ改宗させ、信者が増えたら為政者に対して反乱を起こさせ、信者保護の名目で軍隊を派遣して征服してしまう方法です。住民を統治する力が弱体と見たら、改宗しない住民を宗教裁判にかけて殺害することもあるでしょう。このように、宗教を征服の先遣部隊にするのです。1637年から38年にかけて天草四郎を頭とした島原の乱と言われる農民一揆は領主の過酷な徴税にあるとされていますが、外国勢力の影響の例とみることもできます。

イエスズ会のザビエルは、ポルトガル国王への書簡の中で、日本の場合は軍事力が強力なので武力による征服は難しいこと、宗教の力によって国の開放を図るべきとして、優れた宣教師の派遣を求めています。また、イエスズ会のドン・ロドリゴとフランシスコ会のソテロらは、スペイン国王への書簡で、国王が日本国の君主になることは望ましいが、住民の多さや城郭の堅固さなどから武力による征服は困難であり、福音を信じさせる宗教の力で実現すべきことを報告しています。

4.2  貿易による富の搾取

日本の大名たちが必要なもの(武器・弾薬、外国の事情など)を提供すると共に、日本の貴重品を買うことで、領主との関係を緊密にします。さらに大名をキリスト教の信者にすればより効果的に支配権を得ることができます。秀吉もキリシタンを禁止しても貿易を禁止することはありませんでした。

幕末になると、軍艦の購入が増えたほか、米国で南北戦争が終わったこともあって、西国の諸藩への鉄砲、大砲、弾薬の売却で利益をあげたと思います。なお、資金に余裕のある商社では購入資金の融通でも利益をあげた可能性があります。

4.3  戦争を仕掛ける

征服の目的で日本に戦争を仕掛けることはあり得ますが、秀吉と家康の時代には外国から戦争を仕掛けられることはありませんでした。しかし、現実には起きなかったことと、征服の手段としてあり得ないこととは別種の問題です。

徳川政権の末期には、米国、ロシア、英国、仏国などが貿易のための開港を求めて来航し、大砲などで脅すこともありました。しかし、日本を征服する目的で戦争を仕掛けることは、列強がけん制し合ったこともありありませんでした。征服の目的が経済的な利益の場合は、文化度の高い国を軍事的に征服するより、貿易によって利を得る方が得策という考え方もあります。

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5. 大東亜戦争

大東亜戦争では中国領への侵攻とともに、蒋介石軍への補給を絶つため、あるいは石油資源の確保のため、東南アジアから南太平洋地域にまで戦線を拡大し、遂には米国と太平洋の全域で争うことになりました。文民の意向を無視した軍部の暴走と言われます。内実はそう単純ではないのではないでしょうか。表向きの現象はそうであっても、多くの場合に事件や事物の背後に何らかの意図が隠れているからです。日本が戦争に引き込まれたという説を馬鹿げた推測と切り捨てたら真実が見えなくなるかもしれません。

5.1  ソ連との関係

日本はソ連共産党とコミンテルンが主導する革命により立憲君主制が破壊される事を警戒していました。そのためにシベリアや極東におけるソ連の軍事的脅威に対応しなければなりません。他方ソ連側から見ると、東方からの日本軍と、西方からのドイツ軍とに挟撃されることは何としても避けねばなりません。やるべきことは、日本軍によるシベリア地域への侵攻を断念させることです。そのためには、シベリアへの侵攻が食料確保の上からも極めて危険なことを日本軍上層部に確信させると共に、日本軍を中国との戦争に引き込んで泥沼化させ、長期にわたって戦力を中国領内に閉じ込めるのです。

5.2  中国との関係

具体的には、まず蒋介石の国府軍に東南アジアからの補給物資を運搬する補給経路を整備します。日本との戦争に関しては蒋介石軍と毛沢東軍とを手を握らせ、国民に排日、侮日を宣伝します。そして中国北部のほか、南京・上海などの中国沿岸部に誘い込み、敗退と見せかけて日本軍をさらに内陸部に誘い込むのです。戦いの発端は盧溝橋での偶発的な軍事衝突でした。意図されたものではなく、偶然にどちらかが発砲したという説もありますが、劉少奇の指揮する共産軍が意図して先に発砲したという説もあります。

5.3  米国との関係

米国は国務長官のハルが書いたハルノートを日本に突きつけます。その内容はそれまでの日米交渉の経過が考慮されておらず絶対に受け入れられない内容になっていました。相手が絶対に受け入れられない要求を突き付けたということは、交渉の余地がないことを示したことであり一種の挑戦です。日本は経済的自衛のため、決起せざるを得なくなりました。石油の備蓄は日がたつにつれ減っていくのです。開戦初期には米国の海軍力は整備不十分なため、日本海軍が有利との情報も山本五十六元帥に伝えられていたようですが、真偽のほどはわかりません。

5.4  世界的視点で観る

以下では説明抜きで項目を掲げます。

  • 西欧人的見方をすれば、日中間の黄色人種同士で泥沼の戦争をさせ、日本の国力の疲弊を待つという見方もあります。
  • ナチスドイツを倒すにはソ連は連合国の一員でなければなりません。そのためソ連には相応の物資援助をします。
  • コミンテルンの活動は現実路線に軌道修正されます。
  • 米国の政府機関には多数の共産党員が勤務するようになります。
  • ソ連はナチスドイツの崩壊後日本との戦争に参戦します。
  • 日本の国体は変えねばなりません。

6.  まとめ

キリスト教宣教師を先導役にした日本への侵攻については、わが国の歴史関連学会、教育界、ジャーナリズムなどは誰かに遠慮しているように思います。信教の自由の主張は、その宗教が社会を破壊する意図がない場合に正当化されるのです。秀吉や家康のキリスト教の禁止は日本国の昔からの在り方を守るための為政者としての当然の行為です。

大東亜戦争についても外部からの何らかの意図が働いていたかもしれません。秀吉や家康が統治した頃からおよそ400年が経過した今日、他の宗教が滅ぼされ、キリスト教のみの世界になることを目論む人たちはいなくなったのでしょうか。

米国、ソ連(ロシア)、英国などがもつ第二次世界大戦時の公文書の公開が進めば様々なことが分かってくると思います。

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