集団思考の暴走~なぜナチスとヒトラーが生まれたのか?~

集団思考の暴走~なぜナチスとヒトラーが生まれたのか?~

まずそこに至るまでに、第一次大戦におけるドイツの敗北からのヴェルサイユ体制、大恐慌が起きる必要があった。国内の不満が世論を動かし、ナチスとヒトラーを生みだしたです。ナチスとヒトラーは「ヴェルサイユ条約の無視」「非アーリア民族の排除」「ヴァイマール体制の打倒」という政治シンボルのもとに世論を動かし、結果的にホロコースト(大量虐殺)を起こした。なぜ民主主義の元に、一党独裁体制と独裁者が生まれたのでしょうか。


社会心理学における言葉に、「沈黙の螺旋(らせん)」という言葉がある。この言葉は公の場において、自らをマジョリティと認識した集団の声ばかりが優先され、マイノリティ側は沈黙しがちになるという現象をあらわした言葉だ。

ヴェルサイユ体制により、ドイツは植民地を失い、多額の賠償金支払いを求められ、財政は危機に瀕した。 国力を弱めることを目的とした締め付けは、後の大恐慌とファシズムの台頭という現象となって現れる。大恐慌によりドイツの通貨の急落が激しくなってきた最中、1923年に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)のアドルフ・ヒトラーが武装蜂起し、鎮圧されヒトラーは投獄された。

その獄中でまとめられた著書が、かの有名な『我が闘争(とうそう)』である。ヒトラーとナチスは「強いドイツ」を取り戻そうと訴え、その試みは大恐慌に陥り貧困と不安にあえぐ国民の支持を集め、成功した。

そして1932年の国会議員選挙において、ナチスは大幅に議席を増やした。割合としてはドイツ国民の33.1%がナチスを支持していた。つまり10人のうち約3人がナチスを支持していたことになる。 翌年の1933年にナチスの議席数が52%となり、ポツダム議会で独裁権を得た。ヒトラーは首相となり、その翌年には「総統」に就任となりました。

ヒトラーの構想としては、東ヨーロッパ全土にゲルマン民族を移住させ、大帝国を建設しようとの構想をもっていました。ユダヤ人は絶滅させ、スラブ民族の一部を奴隷とし、残りを遠方に移住させるつもりでした。これだけ聞いても、彼の構想がいかに荒唐無稽で残酷なものかすぐに分かるでしょう。


スポンサーリンク
広告代

集団が誤った判断をするとき

ハンナ・アレントは『全体主義の起源』において、全体主義運動を担った存在の一つとしてマス(大衆)を挙げています。

彼女はマス(大衆)を『大衆という言葉が当てはまるのは、政党や自治体、職業組織や労働組合などいかなる組織にも共通の利益によって統合することのできない人々のみである。(中略)まったく政党には参加せず選挙にもほとんど行かない中立で無関心な人々の大部分がそうなのである』とし、牧野氏は『精読 アレント『全体主義の起源』』のなかで、マス(大衆)は政治的に組織されてない巨大な人間の集積 と説明した。

つまり政治に無関心な、ものを言わない私たちそのものです。

牧野氏はこう続けています。『小国では全体主義は不可能であり、そこに存在するのは精々階級独裁までである。』そして全体主義運動の特質は、既成の古い階級でなくマス(大衆)の組織化を意図し、成功させた点にあるとした。

ナチスとヒトラーはなぜ権力を掌握できたのでしょうか。ヴァイマール体制は国民国家であったにもかかわらず、彼らの台頭を許しました。

ギュスターヴ・ル・ボンは『群集心理』において、

心理的群衆に属する個人には一種の集団精神が宿るとしました。 この著書には19世紀末に、革命や戦争や選挙などにおける群衆が歴史を動かす存在となった背景があります。群衆を心理学的に説明しているのは、集団精神により群衆が個人では考えられなかった暴力的や英雄的、衝動的な行動などをとったことに影響されています。


モッブと群衆と大衆の違い、その関係

アレントはモッブを「あらゆる階級の残滓を代表する集団」と定義しました。牧野氏は著書のなかで、国民国家と階級社会から零落した中産階級を中心としたモッブが登場するとしています。そしてアレントの著書からこのような引用を残しています。

モッブは常に『強い男』、『偉大なリーダー』を請い求める。モッブは自分たちが排除された社会を憎み、自分たちが代表されない議会も憎む。それゆえモッブに依拠しようとする政治家たちは人民投票、近代モッブのリーダーたちにあのような抜きんでた成功を収めさせることになった人民投票というおなじみの着想に行きつくことになる。」

ヒトラーはモッブや群衆にとっての指導者であり、大衆は前述したように政治に無関心で、知らぬ間に組織化され、流されるままに行動します。そして国民国家は破壊され、全体主義国家へと変化していったのです。

もしベトナム戦争や湾岸戦争のように情報伝達が発達し、実態としての戦争とホロコーストの情報がセンセーショナルに伝達されていたら?一部のモッブや群衆はヒトラーとナチスを降ろし始め、大衆も流されるままにそうしたでしょう。

個人的に群衆とモッブと大衆の違いとは、群衆とモッブには政治、組織や集団の抱える目的や大義などに関与しようとする意志と自我(集団精神)があり、大衆にはそれがないのではないか、と解釈しています。


決して完璧ではない民主主義

王権神授説による体制から今までの様々な体制を経ても、他の体制と同じように、民主主義もまた完璧ではないのです。ストナーは集団意思決定において、過度の信頼を元とした集団思考が時に危険な方向へ向かうとしています。

ジャニスは集団思考の8つの兆候の大きな分類として、

1,集団への過剰評価

2,閉鎖性

3,斉一化への圧力

があるとしています。

要約すると、集団意志決定への過剰な信頼と、集団や組織の規則や暗黙の了解を内在化することで自己検閲し、集団や組織に所属する人々が自発的に反対意見に圧力をかけるようになるのです。

集団思考は時として誤った判断を下すことがある。その例としてナチスとヒトラーの例を挙げたが、現代でもネット社会の進歩がひずみを生みだすことがある。ネットリンチやそれらを焚きつけるバイラルメディアの存在だ。これらは突然生まれたわけではなく、歴史においては、古代ギリシア時代に存在したデマの語源であるデマゴーグという言葉から見るに、昔から存在する。

流言(噂や不確かな情報)は、時として大きな集団行動という形になって現れる。

『社会心理学』の流言の項にはこう記述されている。

社会学者のシブタニは流言を「即興的に作られるニュース」として捉えた。

流言は「伝言ゲーム」のように真実味を帯びてきて、最終的には事実かのように創られていく。


大量情報社会と新たなメディア

現代社会は法治国家であり、ネットリンチのような私刑は許されない。もちろんバイラルメディアの全てが流言や私刑を助長する記事を流すのではなく、優れた有用な情報を発信し続けているメディアも多い。またデメリットだけでなく、情報が効率的にまとめられることにより、大量の情報の要点だけを短い時間で確認できるメリットもある。

現代社会は大量の情報に溢れており、私たちはスマホやパソコン、アプリによる大量の情報に操作されるようになった。そんな社会において、私たちの見る情報や考えがどこから来たのか、そして信頼のおけるものなのか、一人一人が自分自身で判断していかなければならない時代が来ているのです。


参考文献

『社会心理学』著:有斐閣 p.327-328,355-356,381-382

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

社会心理学 (New liberal arts selection) [ 池田謙一 ]
価格:3456円(税込、送料無料) (2017/11/18時点)

『第二次世界大戦』著:ジョン・ピムロット p.18-23

『精読 アレント『全体主義の起源』』著:牧野雅彦  p.76-77,164-165

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

精読アレント『全体主義の起源』
価格:1890円(税込、送料別) (2017/11/17時点)

『群集心理』著:ギュスターヴ・ル・ボン P.25-29

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

群衆心理 (講談社学術文庫) [ ギュスターヴ・ル・ボン ]
価格:1101円(税込、送料無料) (2017/11/17時点)

スポンサーリンク
広告代
広告代

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする